施設入所で孫が争ったケース

伊藤家では、87歳の祖母芳江が転倒してから介護が必要になり、最近、地元の介護施設に入所した。ようやく入れた施設は、費用が安い代わりに、親族がやらなければならないことがたくさんあった。

例えば、スタッフの人数が十分でないため、施設外に散歩に連れていってくれることもなかったし、病院通いも親族が付き添わねばならなかった。

しかし、芳江は離婚していたため、介護をしてくれる夫はいない。また、一人娘である晶子も既に67歳で病気がちであったため、二人の孫が中心となって介護をしていた。

孫の一人である裕子は定期的に施設を訪れ、祖母の様子を見ていたが、裕子は施設の介護の質に次第に不満を抱くようになった。

ぎりぎりの人数で回しているようで、スタッフは常に忙しそうで、ゆったりと話ができる状況ではなかった。また、老朽化した施設は何とも言えない「臭い」がこびりついていて、滞在していると気が滅入った。

一方、裕子の兄である健太郎は、施設のケアに満足していた。彼は、施設が新しくはないものの、清潔で整頓されていると感じたし、スタッフもてきぱきと動いていて、信頼できる施設だと思っていた。

裕子と健太郎は祖母の入所施設を巡って意見が衝突した。裕子は、祖母の介護の質の向上を求め、必要ならば施設を変更することも提案した。しかし、健太郎は施設の変更は祖母にとってさらなるストレスになると反対し、現状維持を主張した。

裕子にしてみれば、金銭的な余裕が十分にある祖母に、これまで頑張ってきた人生の締めくくりにふさわしい素敵な施設で過ごしてほしいと思っていた。そして、健太郎に対しては、将来の相続(祖母はふたりの孫と養子縁組をしていた)ほしさに施設料をけちっているのではと感じていた。

一方、健太郎にも言い分があった。高齢で怪我をしている祖母を短期間で施設を移動させるのは酷だし、高級な施設に入れてあげたいと思っているのは裕子のエゴで祖母自身は変化を望んでいないと感じていた。

この後、状況はさらに複雑化した。芳江自身も施設に不満を感じ始めたのだ。祖母は裕子に「スタッフが無視している」と訴え、裕子はさらに施設に対する不信感が募った。しかし、この事実を知った健太郎は、祖母の不満が裕子の影響であると考え、裕子に対してさらに怒りを覚えた。

こうした対立が深まる中、裕子は、健太郎の同意なく祖母を退所させ、別の高級老人ホームに入所させた。激怒した健太郎は、その高級老人ホームに現れ、祖母を連れ戻そうとするなど、大騒ぎとなった。

この一件によって、祖母芳江はその高級老人ホームには居づらくなり、結局退所を余儀なくされた。行くところがなくなった芳江は、自宅に戻るしかなく、利用限度額ぎりぎりまで介護サービスを利用し、何とか生活していくことになった。

祖母芳江にとっては、数か月の間に居所を転々とさせられ、また、孫の紛争の様子も目の当たりにし、すっかり心身ともに弱ってしまった。2人の孫は、どちらも祖母のためによかれと思ってやっていたことがもめごととなり、結果として、祖母の心身の健康を害することになってしまった。


ポイント1 

介護方針の違いが紛争をよぶ

裕子と健太郎は、いずれも祖母芳江のために良かれと思って動いており、どちらの考えも間違っているとは言えません。しかし、二人ともが「自分は正しい。相手が間違っている」と考えており、結果として紛争性が高まっています。

ポイント2

関係悪化が疑心暗鬼を招く

裕子は、健太郎は将来の相続において自分の取り分が少なくなることを懸念して施設代を渋っているのではと疑心暗鬼になっています。一度相手に悪い感情を抱いてしまうと、何もかもを悪い方向に考えたり、非難したりしてしまいます。

ポイント3

親族の争いが本人の健康状態を悪化させる

介護は、親族が円満に協力しあってこそ成り立ちます。しかし、その協力関係が崩れ、争いに発展してしまうと、結果として本人の心身の健康を害してしまうことがあります。これが、介護をめぐる親族間の争いの一番悲しい結末です。